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心と心がぶつかる

昔から、褒められると嬉しいタイプでした。「すごいね」「えらいね」この言葉が聞きたくて、頑張っていたところ少なくあると思います。

小学生になった途端、親は話を聞いてくれなくなりました。今まで認めてもらいたくて、“あの言葉”が聞きたくてやっていたのに、なんで。どうして。結局のところ、自分の為ではなく、親のために頑張っていたのだと思います。認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて。

じゃあ、この努力の対価はどこで得られるのか。なんのために努力をするのか。

何年も生きているけれど、親にあの頃以来、褒められたことも認められた経験もありません。

その環境の中で考えたのは、自分のために努力することとは?努力した先に見えるものって?親のために頑張ってた自分の存在ってどこ?

それも否定は出来ないけど、やっぱり自分のために努力を重ねることの難しさ、一緒に頑張る仲間のために手を差し伸べるという努力。大学に入ってからより、そう感じたし、その方が価値として大きいのかなと思った。

自分の一番のライバルは、自分。過去の自分に負けることは、恥ずかしい。いつでも自分史上最高でありたい。親の評価がどうであろうと、いつも自分本位でありたい。

最近思うこと。人の評価に悩まされて、苦しんでる人に伝えたいこと。